東京高等裁判所 平成8年(行ケ)47号 判決 1997年11月11日
茨城県下館市大字稲野辺594番地
原告
板谷喜郎
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
同指定代理人
宮本和子
同
後藤千恵子
同
小池隆
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成3年審判第24989号事件について平成8年1月12日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和62年9月29日、名称を「化粧料」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(特願昭62-242759号)したところ、平成3年12月10日拒絶査定を受けたので、同年12月27日審判を請求し、平成3年審判第24989号事件として審理され、平成7年2月22日出願公告(特公平7-14850号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成8年1月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年2月28日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
褐藻より分離精製された曳糸性のフコイダンの水溶液が基剤とされ、製品におけるフコイダンの含有量が1%以下とされていることを特徴とする化粧料。
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
(2)<1> 本願の出願の日前の他の出願であって、その出願後に出願公開された特願昭62-186628号(特開昭64-31707号公報参照)の願書に最初に添付した明細書(以下「先願明細書」という。)には、フコイダンを有効成分として含有することを特徴とする皮膚外用剤なる発明が記載され、フコイダンは優れた保湿効果を持つだけではなく、悪環境から皮膚を保護する作用があること、フコイダンは、かっ藻類に含まれる特異な硫酸多糖類であること、フコイダンは、フコイダンを含有するかっ藻類より水あるいは水溶液溶媒により抽出することにより得られること、フコイダンのみを抽出した物またはフコイダンとアルギン酸ナトリウムの混合物を使用できること、フコイダン使用量は0.05~2%の範囲であること、実施例1にスキンローションの処方として
(A)ポリオキシエチレン(60)硬化ヒマシ油 1.0%
酢酸d1-α-トコフェロール 0.2
香料 適量
エタノール 7.0
(B) クエン酸 0.2
クエン酸ナトリウム 0.8
フコイダン 0.3
パラオキシ安息香酸メチル 0.2
1、3-ブチレングリコール 8.0
精製水 82.3
が記載され、その効果として、フコイダンを除いたローションと比較して肌あれ改善効果、肌のなめらかさ、しっとり感が優れていることを示すパネルテスト結果が表1に記載されている。
<2> 上記摘示事項からみると、上記皮膚外用剤は、肌あれ改善効果などの化粧料としての効果を有するスキンローションを実施例としていることから、化粧料を包含することは明らかである。つまり、先願明細書には有効成分としてフコイダン水溶液を0.05~2%含有する化粧料が記載されているものと認められる。
(3) 本願発明と先願明細書に記載された発明(以下「先願発明」という。)とを対比する。
本願発明と先願発明は、フコイダンの含有量が1%以下とされている化粧料である点で一致するが、化粧料の基剤を本願発明は褐藻より分離精製された曳糸性のフコイダンの水溶液と限定しているのに対し、先願発明はこの点が明記されていない点で一応相違しているものと認められる。
(4) そこで、この相違点について検討する。
<1> 本願発明における褐藻から分離精製されたフコイダンとは、たとえば、明細書に記載されている「新鮮な褐藻を細断し、温水を加えて粘質物を抽出した後、藻体を除去して得られた粘調なエキスにアルコールを加えるとフコイダンが沈澱するから、これを補集しアルコールで洗滌、エーテルで脱アルコールして乾燥する」等して精製された純度の高いものと認められる。
<2> 一方、先願明細書に記載のフコイダンは「かっ藻類より水あるいは水溶液溶媒より抽出することにより得られる」ものであるが、これは「フコイダンのみを抽出した物」と、「フコイダンとアルギン酸ナトリウムの混合物」の両者を含む物であり、フコイダンの水抽出物より高純度のフコイダンを製造する方法が知られている(特開昭61-57520号公報参照)ことをも考慮すると、フコイダンと記載されている物は「フコイダンのみを抽出した物」、つまり高純度のフコイダンと解される。
フコイダンの水溶液が基剤とされることについては、先願明細書のスキンローションの処方中に水が82.3%配合されているから、フコイダンの水溶液が基剤とされていることは明らかである。
また、フコイダンの曳糸性については、先願明細書にはフコイダン水溶液の曳糸性については記載されていないが、上記参考文献をみても、高純度のフコイダンの水溶液は粘度が高いことは明らかであることから、フコイダン水溶液の本来的に備えている特性と認められる。
そうすると、先願明細書には、褐藻がら分離精製された曳糸性のフコイダン水溶液が基剤とされ、フコイダンの含有量が1%以下の化粧料が記載されているものと認められる。
(5) したがって、本願発明は、先願発明と同一であると認められ、しかも、本願発明の発明者が先願発明の発明者と同一であるとも、共また本願の出願の時に、その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められないので、特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。
4 審決の理由の要点に対する認否
審決の理由の要点(1)は認める。同(2)<1>のうち、「フコイダンのみを抽出した物またはフコイダンとアルギン酸ナトリウムの混合物を使用できること、フコイダン使用量は0.05~2%の範囲であること」の部分は争い、その余は認める。同(2)<2>は争う。同(3)のうち、一致点の認定は争い、その余は認める。同(4)のうち、「本願発明における褐藻から分離精製されたフコイダンとは、たとえば、明細書に記載されている「新鮮な褐藻を細断し、温水を加えて粘質物を抽出した後、藻体を除去して得られた粘調なエキスにアルコールを加えるとフコイダンが沈澱するから、これを補集しアルコールで洗滌、エーテルで脱アルコールして乾燥する」等して精製された純度の高いものと認められる。」、「先願明細書に記載のフコイダンは「かっ藻類より水あるいは水溶性溶媒より抽出することにより得られる」ものである」、「先願明細書にはフコイダン水溶液の曳糸性については記載されていない」の各部分は認め、その余は争う。同(5)のうち、本願発明は先願発明と同一であり、特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができないことについては争い、その余は認める。
5 審決を取り消すべき事由
審決は、先願発明の技術内容を誤認して、一致点の認定を誤り、かつ、相違点についての判断を誤って、本願発明は先願発明と同一であると誤って判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 相違点の判断の誤り(取消事由1)
<1> 審決は、先願明細書(甲第3号証)には、褐藻から分離精製されたフコイダンが記載されている旨認定、判断しているが、誤りである。
先願明細書の実施例1のスキンローションに使用されたフコイダンが、本願発明のフコイダンと同一と認められる程度に分離精製されたものであることの証拠はない。
先願発明のフコイダンは、かっ藻から水あるいは水溶性溶媒により抽出することにより得られるものであるから、このフコイダンは、かっ藻中に含まれるフコイダン以外の水溶性物質(塩分・灰分・色素・水溶性蛋白・水溶性アルギン・マンニット等)と共に溶出されたフコイダンである。
審決は、水というフコイダンに対する選択性を全く有していない溶媒を用いて、かっ藻類からフコイダンのみ、あるいはフコイダンとアルギン酸ナトリウムの混合物を抽出することが不可能な技術であることを看過したものといわざるを得ない。
先願発明は、ワカメの胞子葉から抽出したフコイダン様多糖を有効成分として含有することを特徴とする皮膚外用剤であり、そのフコイダン様多糖は、分離精製の有無に関わらず効果を発揮し得るものであり、先願明細書中の「フコイダンのみを抽出したもの」という記載は、発明者の誤った考え方あるいは表現方法によるものと判断するのが妥当である。
また、審決が引用する特開昭61-57520号公報(甲第4号証)に記載の発明は、フコイダンを含む海藻から水でフコイダンを抽出すると、抽出液中に多量の不純物が同時に溶出してくるから、限外濾過膜処理を行って不純物をできるだけ除去した後、乾燥粉末化するかあるいはエタノールを加えてフコイダンを沈澱させることにより、純度の高いフコイダンを製造する方法に関するものであり、かっ藻から水でフコイダンのみを抽出することは不可能であることを裏付けるものである。
<2> 審決は、先願明細書には、曳糸性のフコイダンが記載されている旨認定、判断しているが、誤りである。
先願明細書の実施例1のスキンローションに含有されているフコイダンが曳糸性を有していることの証拠はない。
曳糸性とは、フコイダンが粘性を保有するときに示される物性の一つであり、フコイダンの粘性が減少あるいは消失すれば、曳糸性も減少あるいは消失するものであり、本来的に備えている特性であるから恒久的に存在するとは限らない。
審決は、フコイダンの曳糸性について、温度・酸・剪断力等によって、容易に減少あるいは消失する特性を有していることを看過して、フコイダンであれば、当然曳糸性をもつものであると誤って認定、判断したものである。
先願明細書の実施例1の製法を検討すると、(A)組成は室温で溶解しておきながら、フコイダンは、1、3-ブチレングリコールその他と共に加熱溶解している。(A)組成には、エタノール・香料等、熱に不安定な物質が含まれているから室温で溶解しているのである。このことは、先願発明の発明者が、フコイダンの粘性が熱に不安定であることを全く認識していない証拠である。
先願明細書の実施例4例中3例において、フコイダンを含む溶液を80℃の高湿度に加熱溶解する操作を実施している。
フコイダンを含む溶液を80℃に加熱すると、曳糸性は数分間で殆ど消滅し、加熱時間が長引けば全く失われ、粘性も消失する。したがって、実施例1のスキンローションは曳糸性(粘性)を保有していない皮膚外用剤であることが明白である。
被告は、先願明細書の実施例1のスキンローションはある程度加熱はされているとしても、加熱温度が80℃であるとも長時間加熱されたともいえない旨主張しているが、通常、加熱溶解すると記載されていれば80℃前後の温度で溶解されていると考えるのが技術常識であり、先願明細書には、フコイダンの粘性が消失しない安全温度で溶解されたことを裏付ける記載は存在しない。
結局、先願明細書の実施例1のスキンローションに含有されているフコイダンが曳糸性を有しているものと認めるべき証拠はない。
<3> 審決は、甲第4号証を引用して、フコイダンの水抽出物より高純度のフコイダンを製造する方法が知られている旨、高純度のフコイダンは粘度が高いことは明らかである旨説示しているが、本願発明と先願発明との同一性を判断するに当たり、先願明細書に記載のない事項(フコイダンの曳糸性)あるいは曖昧な表現(フコイダンのみを抽出したもの)について、それが公知の文献であっても、甲第4号証を考慮に入れて先願明細書を解釈することは、先願発明の範囲を不当に拡大することになる。
この意味からも、甲第4号証を参酌して、本願発明と先願発明との同一性を判断することは許されるべきではない。
(2) 一致点の認定の誤り(取消事由2)
審決は、本願発明と先願発明は、フコイダンの含有量が1%以下とされている化粧料である点で一致するとしているが、先願明細書の実施例1のスキンローションなる皮膚外用剤が化粧料を包含している証拠はなく、フコイダンの含有量に関する認定も誤りである。
1%以下とされているのは、本願発明の化粧料であり、先願発明の皮膚外用剤中のフコイダンは0.05~2%であり、1%以下の含有量とは明らかに相違している。1%を越える部分に重要な相違点がある。フコイダン含有量が1%を越えた溶液は流動性を失ったゼリー状を呈し、塗布は極めて困難となり、使用不可能となる。
審決は、「上記皮膚外用剤は、肌あれ改善効果などの化粧料としての効果を有するスキンローションを実施例としていることから、化粧料を包含することは明らかである。」としているが、肌あれ改善効果があるからといって、それが化粧紅である証拠にはならない。医薬品にも同様の効果のあるものは数多い。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同5は争う。
審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
<1> 甲第3号証(先願明細書)には、「フコイダンを含有するかっ藻類より水あるいは水溶性溶媒により抽出することにより得られる。フコイダンのみを抽出した物はもちろん、フコイダンとアルギン酸ナトリウムの混合物を使用しても構わない。」(2頁左上欄3行ないし7行)と記載されている。
一般に特許文献等の技術文献では、主題が物質の精製分離方法ではなく、物質の用途等他のものである場合は、公知の天然物質の精製分離方法として、全部の精製工程を示すのではなく、代表して分離工程中の主要工程である抽出工程のみを記載するのが通常である。また、特定物質名が明記されている場合は通常、純物質を意味し、不純物を相当量含有する場合にはその旨を記載するものである。
先願発明は、フコイダンの用途を主題とする発明であって、精製方法の発明ではないから、先願明細書に抽出工程後の精製方法が記載されていないことをもって、先願明細書に記載のフコイダンが抽出のみから得られたものとすることは妥当ではない。
また、甲第4号証の比較例1及び2の記載に照らすと、先願明細書のフコイダン抽出物(実施例2及び3)がフコイダン70%含むものであることからみて、先願明細書に記載されている「フコイダンのみを抽出した物」が、かっ藻類より水からの抽出液を不純物を除去せずにそのまま乾燥したものではあり得ないことは明らかであり、当然何らかの精製を行っているものというべきである。
<2> 先願明細書には、フコイダンの粘性または曳糸性に関する明確な記載はないが、「本発明の皮膚外用剤は、保湿効果に優れる。すなわち、従来の保湿剤を含有する物と異なり、湿度の高い低いに関係なく皮膚を柔軟に保ち、感触が優れている。さらに、紫外線、風、低湿度、洗剤などにさらされた皮膚に対して、皮膚を保護し、正常に保つ働きがある。」(甲第3号証2頁右上欄2行ないし7行)と記載されていること、実施例1のローション及び比較例(実施例1のローションよりフコイダンを除いたローション)について乾燥肌の改善効果及び官能効果を調べた結果として、実施例1のものは肌あれ改善効果、肌のなめらかさ、及びしっとり感に優れていることが表1に示されていることからすると、先願明細書の実施例1のスキンローションの効果はフコイダンを含有することによるものであるから、先願発明のフコイダンは本願発明と同程度の粘性または曳糸性を有することが示されているというべきである。
先願明細書の実施例1においてある程度の加熱はされているとしても、実施例1のスキンローションが粘性を有していることからしても、加熱温度が80℃であるとも、長時間加熱されたともいえない。
<3> よって、審決の相違点についての判断に誤りはない。
(2) 取消事由2について
先願明細書には、「本発明の皮膚外用剤は、フコイダンのほかに通常化粧品、医薬品に使用されるエモリエント剤、保湿剤、活性成分などを併用することが出来る。」(甲第3号証2頁左上欄14行ないし16行)と記載されており、上記の「通常化粧品、医薬品に使用される・・・」との記載から、逆に該外用剤とは医薬品と化粧料の両者を含む上位概念を表しているものということができるから、化粧料を包含するものである。そして、先願明細書にはフコイダン以外の不純物が含まれていてもよい場合があるが、フコイダンのみの場合も記載されている。
よって、審決の一致点の認定に誤りはない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
そして、先願明細書に審決摘示の事項(但し、「フコイダンのみを抽出した物またはフコイダンとアルギン酸ナトリウムの混合物を使用できること、フコイダン使用量は0.05~2%の範囲であること」を除く。)が記載されていること、本願発明と先願発明とは、化粧料共の基剤を本願発明は褐藻より分離精製された曳糸性のフコイダンの水溶液と限定しているのに対し、先願発明はこの点が明記されていない点で一応相違していること、本願発明の発明者が先願発明の発明者と同一ではなく、また本願の出願の時に、その出願人が先願発明の出願人と同一ではないことについても、当事者間に争いがない。
2 取消事由2について
(1) 本願明細書(甲第2号証)には、「フコイダンが・・・皮膚に塗布した場合滑らかで使用感に優れており、皮膚をしっとりとした滑らかな状態に保つこと、皮膚に対する有害な刺激が全くないこと、油と良く混和すること、洗滌性が高く余分の皮脂を取る事なく汚れを良く落とす事などの諸性質を有する」(2欄7行ないし12行)、「本品は・・・使用時肌に良くなじみ、心地よい滑らかな粘感と清涼感を与え、皮膚呼吸を妨げることなく、肌に適度の水分を与え、すべすべした肌を作る。」(4欄2行ないし5行)、「本品は・・・使用する時は肌に良く馴染み、伸びが良く滑らかで、しかもさらりとした使用感を与え、使用後はしっとりとした滑らかな肌となる。」(4欄13行ないし16行)と記載されていることが認められる。
一方、先願明細書(甲第3号証)には、「本発明の皮膚外用剤は、保湿効果に優れる。・・・温度の高い低いに関係なく皮膚を柔軟に保ち、感触が後れている。さらに、紫外線、風、低湿度、洗剤などにさらされた皮膚に対して、皮膚を保護し、正常に保つ働きがある。」(2頁右上欄2行ないし7行)と記載され、また、実施例1としてフコイダンを用いたスキンローションの処方が具体的に記載され、実施例1のスキンローションとフコイダンを除いたスキンローションとを比較して、「肌荒れ改善効果」、「肌のなめらかさ」、「しっとり感」において実施例1のものが優れていることを示す官能試験結果が表1(3頁右下欄)に記載されていることが認められる。
上記のとおり、先願明細書には、先願発明の皮膚外用剤として、肌荒れ改善効果等の化粧料としての効果を有するスキンローションが実施例として示されていることからしても、先願発明の皮膚外用剤は化粧料を包含するものと認められる。
そして、先願明細書には、「本発明の皮膚外用剤中のフコイダン使用量は、0.05~2%の範囲で効果を発揮する」(2頁左上欄8行、9行)と記載されていることが認められる。
したがって、本願発明と先願発明とは、フコイダンの含有量が1%以下とされている化粧料である点で一致するとした審決の認定に誤りはないものというべきである。
(2) 原告は、先願発明の皮膚外用剤中のフコイダンの含有量0.05~2%は本願発明におけるフコイダンの含有量1%以下と明らかに相違しており、1%を越える部分に重要な相違点があるとして、審決がフコイダンの含有量について一致するとした認定の誤りを主張する。
しかし、本願発明と先願発明とは、フコイダンの含有量が1%以下である点では重複し、その範囲においては一致しているのであるから、原告の上記主張は採用できない。
また原告は、肌あれ改善効果があるからといって、それが化粧料である証拠にはならない旨主張するが、先願明細書記載の実施例1はスキンローションであり、これが化粧料に当たることは明らかである。
以上のとおりであって、取消事由2は理由がない。
3 取消事由1について
(1) 本願発明における褐藻から分離精製されたフコイダンとは、たとえば、明細書に記載されている「新鮮な褐藻を細断し、温水を加えて粘質物を抽出した後、藻体を除去して得られた粘調なエキスにアルコールを加えるとフコイダンが沈澱するから、これを補集しアルコールで洗滌、エーテルで脱アルコールして乾燥する」等して精製された純度の高いものであることは、当事者間に争いがない。
(2) まず、先願明細書記載のフコイダンが分離精製されたものであるか否かについて検討する。
<1> 先願明細書(甲第3号証)には、「本発明のフコイダンは、フコイダンを含有するかっ藻類より水あるいは水溶性溶媒により抽出することにより得られる。」(2頁左上欄3行ないし5行)、「フコイダンのみを抽出した物はもちろん、フコイダンとアルギン酸ナトリウムの混合物を使用しても構わない。」(2頁5行ないし7行)と記載されていることが認められる。
そして、先願明細書において、実施例1及び実施例4の組成成分中には「フコイダン」と、実施例2及び実施例3の組成成分中には「フコイダン抽出物」(フコイダン抽出物(乾燥粉末)中にフコイダン70%を含む。)とそれぞれ区別して記載されていることが認められる。
ところで、甲第4号証(特開昭61-57520号公報)には、「厚料とする海藻は、フコイダンを含む海藻であれば、特に限定する必要はない・・・。抽出溶媒としては、水、アルカリ溶液、酸溶液又はこれら溶媒に、アセトン、メタノール、エタノール等を40%(v/v)以下の低濃度に含有させた溶液等があり・・・。・・・蛋白質アルギン酸等の汚染物は、・・・出来る丈フコイダン含有溶液から除去する事が望ましい。除去法としては、・・・限外濾過膜を使用して除去するか、・・・既知の沈澱剤、等電点、イオン泳動法等により除去する事が出来る。」(2頁左下欄10行ないし右下欄10行)と、乙第1号証(松田和雄編著「生物化学実験法20 多糖の分離・精製法」株式会社学会出版センター 1987年2月28日初版発行)には、「目的とする多糖に対して高い選択性を有する抽出剤が得られれば、抽出液から夾雑物を除去するだけで高純度の多糖標品を得ることができる。・・・選択性を異にする数種の抽出剤を組み合せて複雑な多糖組成の試料から、溶解性の異なるいくつかの多糖画分を分画抽出することはしばしば行われるが、このようにして得られた各画分も単一の多糖からなることは稀である。したがって、目的とする多糖を得るためには、多糖の混合物から多糖を分画しなければならない。・・・多糖の分画法としては、有機溶剤や塩類による分別沈澱法の他、・・・選択的沈澱剤による分画、各種クロマトグラフィーやゲル濾過による分画・・・などの方法がある。多糖の分画は1つの方法だけで成功することは少なく、純度の高い標品を得るためにはいくつかの方法を組み合せて用いる必要がある。」(47頁2行ないし16行)と、乙第3号証(特公昭45-37777号公報)には、「この水溶性粘質物は、・・・かっ藻を水又は温水に浸せきする事により容易に浸出されるが、水溶性粘質物が極めて高い粘性を有するため、かっ藻浸出液が高い粘性と曳糸性を示し、浸出液を藻体より分離する操作がむずかしく、・・・。かっ藻浸出液より、水溶性粘質物を得る従来公知の方法は、浸出液に濃度約70%に達するまで親水性溶剤例えばエタノール等を加えて沈でんさせる方法がある。この沈でん物を、濾別、圧搾すれば、乾燥により容易に粉末化し、このものは水によく溶けて粘性と曳糸性とを示す。」(2欄7行ないし20行)と、乙第4号証(特公昭50-5199号公報)には、「註1.自然のままのフコイヂンは、北海道猫脚昆布10gを水70ccに一夜浸漬、得た液50ccに無水エタノール250ccを加え沈澱させたものである。」(4欄)とそれぞれ記載きれていることが認められ、これらの記載によれば、かっ藻から水等により抽出したフコイダン含有液を精製処理して得られる、分離精製されたフコイダンは、先願発明の出願当時において周知であったものと認められる。
上記のとおり、先願明細書の実施例1では、実施例2及び実施例3の「フコイダン抽出物」(フコイダン抽出物中(乾燥粉末)中にフコイダン70%を含む。)と区別して、「フコイダン」と記載され、また、先願明細書には、「フコイダンのみを抽出した物はもちろん、フコイダンとアルギン酸ナトリウムの混合物を使用しても構わない。」と記載されていることからすると、先願明細書では、フコイダン単体とフコイダン混合物を区別して用いているものと認められること、かっ藻から水等により抽出したフコイダン含有液を精製処理して得られる、分離精製されたフコイダンは、先願発明の出願当時において周知であったものと認められること、先願発明は「フコイダンを有効成分として含有することを特徴とする皮膚外用剤」(特許請求の範囲第1項)というものであって、フコイダン自体の精製方法を内容とするものではなく、公知ないし周知のフコイダンを用いることを前提とする発明であり、先願明細書に「本発明のフコイダンは、フコイダンを含有するかっ藻類より水あるいは水溶性溶媒により抽出することにより得られる。」(甲第3号証2頁左上欄3行ないし5行)とのみ記載され、フコイダンの具体的な分離精製工程が記載されていないからといって、先願発明におけるフコイダンが水等による抽出のみから得られたものと解するのは相当とは認め難いことを総合すると、先願明細書の実施例1のフコイダンは、分離精製されたフコイダンであると認めるのが相当である。
<2> 原告は、先願発明のフコイダンは、かっ藻から水あるいは水溶性溶媒により抽出することにより得られるものであるから、このフコイダンは、かっ藻中に含まれるフコイダン以外の水溶性物質(塩分・灰分・色素・水溶性蛋白・水溶性アルギン・マンニット等)と共に溶出されたフコイダンであり、審決は、水というフコイダンに対する選択性を全く有していない溶媒を用いて、がっ藻類からフコイダンのみ、あるいはフコイダンとアルギン酸ナトリウムの混合物を抽出することが不可能な技術であることを看過したものであって、先願明細書中の「フコイダンのみを抽出したもの」という記載は、発明者の誤った考え方あるいは表現方法によるものと判断するのが妥当である旨主張するが、上記<1>に認定、説示したところに照らして採用できない。
また原告は、審決が引用する特開昭61-57520号公報(甲第4号証)に記載の発明は、かっ藻から水でフコイダンのみを抽出することは不可能であることを裏付けるものである旨主張するが、審決が甲第4号証を挙示した趣旨は、フコイダンの水抽出物より高純度のフコイダンを製造する方法が周知であることを裏付けるためであり、また、原告の上記主張の趣旨は、先願発明におけるフコイダンが水等による抽出のみから得られたものであることを前提するものであるから、上記主張は当を得たものとはいえない。
(3) 次に、先願明細書記載のフコイダンが曳糸性を有するものであるか否かについて検討する。
<1> 本願明細書(甲第2号証)には、曳糸性のフコイダンを含有する化粧料の効果について、「本品は・・・使用時肌に良くなじみ、心地よい滑らかな粘感と清涼感を与え、皮膚呼吸を妨げることなく、肌に適度の水分を与え、すべすべした肌を作る。」(4欄2行ないし5行)、「本品は・・・使用する時は肌に良く馴染み、伸びが良く滑らかで、しかもさらりとした使用感を与え、使用後はしっとりとした滑らかな肌となる。」(4欄13行ないし16行)、「本品は・・・使用時に独特の滑らかな使用感を与え、使用後はしっとりとした滑らかな肌を作る。」(4欄25行ないし27行)、「本発明によって成るフコイダンを配合した化粧料は、他の天然粘質物あるいは合成高分子物質を配合した化粧料には見られない、独特の使用感を与えるばかりでなく、肌に対する有害な刺激が全くない、安全でしかも優れた効果を有する化粧料である。」(4欄33行ないし37行)と記載されていることが認められる。
これに対して、先願明細書(甲第3号証)には、「本発明の皮膚外用剤は、保湿効果に優れる。・・・湿度の高い低いに関係なく皮膚を柔軟に保ち、感触が優れている。さらに、紫外線、風、低湿度、洗剤などにさらされた皮膚に対して、皮膚を保護し、正常に保つ働きがある。」(2頁右上欄2行ないし7行)と記載され、また、フコイダンを用いた実施例1のローション及び比較例(実施例1のローションよりフコイダンを除いたローション)について乾燥肌の改善効果及び官能効果を調べた結果、フコイダンの有無により官能効果である「肌荒れ改善効果」、「肌のなめらかさ」、「しっとり感」に大きな差異があることが記載されている(表1)。
ところで、先願明細書には、フコイダン水溶液の曳糸性について明示の記載はないが(この点は当事者間に争いがない。)、先願明細書の実施例1のスキンローションが有する「肌荒れ改善効果」、「肌のなめらかさ」、「しっとり感」という効果は、本願発明の化粧料が有する上記効果と同じものであることは明らかである。そして、先願明細書の実施例1のスキンローションの上記各効果はフコイダンを含有することによるものであるから、先願明細書には、本願発明と同程度の曳糸性を有するフコイダンが示されているものと認めるのが相当である。
<2> 原告は、先願明細書の実施例4例中3例において、フコイダンを含む溶液を80℃の高温度に加熱溶解する操作を実施しており、フコイダンを含む溶液を80℃に加熱すると、曳糸性は数分間で殆ど消滅し、加熱時間が長引けば全く失われ、粘性も消失するところ、実施例1の製法を検討すると、(A)組成は室温で溶解しておきながら、フコイダンは加熱溶解しており、通常、加熱溶解すると記載されていれば80℃前後の温度で溶解されていると考えるのが技術常識であり、先願明細書には、フコイダンの粘性が消失しない安全温度で溶解されたことを裏付ける記載は存在しないから、実施例1のスキンローションに含有されているフコイダンが曳糸性を有しているものと認めるべき証拠はない旨主張する。
先願明細書(甲第3号証)には、実施例1のスキンローションについて、「(A)を室温下で均一に溶解し、あらかじめ過熱溶解し、冷却済みの(B)を加え、可溶化液を得る。」(2頁左下欄1行、2行)と、フコイダンを含有する(B)成分を加熱処理することが記載されているが、この加熱温度及び時間については明示されていない。
甲第5号証(特許異議申立書)に添付されている「フレグランス ジャーナル No.73(1985)」には、「コンブなどをコップに水と共に入れて、一晩ほど室温に放置すると、「ぬめり」が抽出されてくる。これは・・・フコイダンという硫酸多糖と水に溶けるアルギン酸と少量の水溶性タンパク質の混合物である。・・・低温操作で抽出精製したものは粘性が高いが、加熱したり有機溶剤で沈殿を繰り返しながら精製すると粘性が低下する。」(103頁)と記載されていること、甲第4号証には、「温度は、フコイダン解重合の点から70℃以下が好ましい」(2頁右下欄18行、19行)、「フコイダン溶液の粘度低下は、温度及び/又はPHによっても起る。例えば高粘度の液を100℃、30分加熱したり、PH2以下に放置したりして粘度を低下させる事が出来る」(3頁右下欄10行ないし13行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、フコイダンは加熱すると粘性が低下するが、加熱温度が70℃以下であれば、フコイダンは解重合せず、粘性を保持することできるものと認められる。
ところで、先願明細書の実施例1のスキンローションは、前記のとおり、「肌荒れ改善効果」、「肌のなめらかさ」、「しっとり感」という効果を有するのであるから、フコイダンの曳糸性ないし粘性が消失する程度に加熱溶解されたものと認めることはできず、原告の上記主張は採用できない。
(4) したがって、相違点についての審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。
なお、原告は、審決が甲第4号証を引用して、フコイダンの水抽出物より高純度のフコイダンを製造する方法が知られている旨、高純度のフコイダンは粘度が高いことは明らかである旨説示している点について、本願発明と先願発明との同一性を判断するに当たり、甲第4号証を考慮に入れて先願明細書を解釈することは、先願発明の範囲を不当に拡大することになり、許されない旨主張するが、甲第4号証によって例示される上記周知の事項を考慮に入れて先願明細書を解釈することは何ら妨げられるものではなく、先願発明の範囲を不当に拡大するものでもないから、上記主張は採用できない。
4 以上のとおりであって、先願明細書には、褐藻から分離精製された曳糸性のフコイダン水溶液が基剤とされ、フコイダンの含有量が1%以下の化粧料が記載されているとした審決の認定、判断に誤りはなく、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)